近畿から東北の被災地を考える|大阪インプラントセンターImplant情報

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近畿から東北の被災地を考える

復興こんにちは、舘林です。

昨日3月11日で、東日本大震災から3年が経過しました。
先週末から被災地の今が報道されており、原発をはじめ、まだまだ問題が山積していることが再認識されました。

久々に、釜石の伯母に電話を入れました。
元気そうで何よりでしたが、遅々として復興が進まないことを嘆いていました。

伯母の長男は当時、釜石の自動車学校の教員をしていましたが、午後の授業中に地震にみまわれました。
自動車学校の敷地は海に近接したため、生徒を引き連れ、学校関係者すべてが高台目指して走ったそうです。
ある程度の高さのところまで着いて、あらためて海の方を眺めると、ムクムクと海面が盛り上がって、防波堤を乗り越えて、あっという間に敷地・建物を浸水。
潮が引いた時には教習車も自分の車も全て、海に飲み込まれていたそうです。

その後第2波、第3波と押し寄せてくるに連れ、更に高台に登らなければ無くなり、結局その日は高台でみんなと夜を明かしたとのことでした。
大事には至りませんでしたが、伯母は長男の死を覚悟したそうです。

ところで、被災した建造物を残すか残さないかで紛糾している自治体があるようです。
嫌な記憶は消し去りたいという当然の感情と、後世に伝えるため、震災の記憶を風化させてはいけないという義務感がせめぎ合うのでしょうか…。

いわゆる「遺構」についても、なかなか難しい問題です。


昨日は亡くなられた大勢の方へご冥福をお祈りするのと、早くの復興を願うばかりの1日でした。

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